コラム「設計者の意図を読む――緑のフェアウェイと建築設備」
2026/09/30
非営利活動法人 設備システム研究会
湯浅
この4月、数年間過ごした熊本から東京へと異動になった。生活のリズムや街のスピード感の変化にもようやく慣れてきたところだが、一つだけ、いまだに恋しくてならないものがある。趣味のゴルフを取り巻く環境だ。
熊本でのゴルフライフは、今振り返っても贅沢そのものだった。自宅や職場から車を10分、20分走らせれば緑豊かなコースが広がり、休日のプレー代も1万円前後。フェアウェイへのカート乗り入れは当たり前で、練習場に行けば1時間1,000円ほどで存分に打ち込める。ジュニア育成も盛んで、ゴルフ場によっては午後からジュニアが無料で回れるなど、ゴルフが生活に深く根付いていた。
それが東京に来てみると、様相は一変する。ゴルフ場までは片道1時間半、休日のプレー費は2万円を超え、練習場は1球20〜25円。カート乗り入れができるコースなど滅多になく、週末のラウンドとなれば丸一日がかりの「大イベント」である。月に2〜3回気軽に楽しんでいたものが、今や月に1回行ければ御の字という状況だ。
そんな恵まれた熊本時代、忘れられない出会いがあった。ある夜、ふらりと入った焼き鳥屋で盃を傾けていると、隣の席の方と話が弾んだ。なんとその方は、九州を舞台にした大人気ゴルフ漫画『オーイ! とんぼ』の原作を手掛けるかわさき健さんだったのだ。お父様は『巨人の星』などで知られる川崎のぼるさん。東京生まれの川崎さんが、母方の故郷である熊本の菊陽町に家族で移住されたと聞き、この地のゴルフ愛の深さを再認識させられた。
私が熊本で足繁く通っていた「くまもと中央カントリークラブ」も、作中に登場する名門コースの一つだ。自宅から15分ほどというアクセスの良さもさることながら、私が何より惹かれたのは、そのコース設計の妙にあった。
設計者は、名匠・上田治。「東の井上誠一、西の上田治」と並び称され、名門・霞ヶ関カンツリー倶楽部を手掛けたチャールズ・アリソンに師事した関西ゴルフ場設計のパイオニアである。上田氏のコースは、人間の錯覚を実に見事に突いてくる。一見広々として見えても、絶妙な傾斜やバンカー、池の配置によって、少しでも思惑を外せば罠に捕まる。「なぜここにバンカーがあるのか」「どこを狙わせようとしているのか」――設計者の意図を読み解き、戦略を組み立てていくプロセスこそが、ゴルフの醍醐味だった。
そしてこの「設計者の意図を汲み取る」という行為は、私たちが日々向き合っている建築設備の世界と深く通底している。
図面を広げたとき、「なぜここにこのバルブが配置されているのか」「どうしてこの系統が分かれているのか」と問いを立てる。一見すると非効率に見える配管ルートや計装機器の配置にも、施工性、メンテナンス性、あるいは将来の更新やトラブル回避を見据えた設計者の明確な意思や思想が必ず宿っている。その意図を正しく読み解き、現場で具現化していくこと。それこそが技術者の腕の見せ所であり、面白さでもある。
東京の打ちっぱなしで高価なボールを1球ずつ噛み締めて打ちながら、ふと上田治の仕掛けた手強いグリーンや、現場の図面を思い浮かべる。緑の芝生の上でも、機械室の配管の間でも、設計者との知恵比べは続いている。次の休日は、久しぶりのラウンドで設計者の罠に挑むか、それとも現場で新たな図面の意図を読み解くか――どちらにしても、技術屋の知的好奇心は尽きそうにない。
2025年夏季全日本企業対抗ゴルフトーナメント九州地区決勝
門司ゴルフ倶楽部(設計:上田治)にて
熊本県菊陽町
左:川崎のぼる(巨人の星原作者)、中央:かわさき健(オーイ!とんぼ原作者)