コラム「審判」

コラム「審判」

2023/10/31
非営利活動法人 設備システム研究会
MF


10月土曜の朝、川崎大師の参道を抜けた場所にある少年野球場で私は審判服を着ていた。息子が少年野球チームに入部したのがきっかけで審判を始めたのだが、誘われるままに神奈川県川崎市幸区少年野球連盟審判部に入部していた。今では大人の国体予選から定時制高校全国大会、中学校体育連盟神奈川県大会と試合の幅を広げている。
今日の試合は某プロ野球球団主催のシスタージャビットカップ4回戦だ。幸区選抜、川崎区選抜とも3連勝中である。
私が2塁ベースから5mの場所で両足を肩幅くらいに置き、両手を横におろすと、球審がプレートをさしてコールした。「プレイ!」
投手は右足をプレートに置き左膝をあげると投球動作に入った。球審は左足を捕手の足の後ろに置き、右足は肩幅より広くつま先は45度の角度で左足の後ろに置いた。上半身は投手に正対し前かがみに構えた。私は右足を少し前に踏み出し、やや前傾姿勢になり両手でファイティングポーズをとった。
投手の手から離れたボールはホームベース左手前の角を打者の膝の高さで通過した。球審は顔を動かさずにボールの軌跡をミットに入るまで眼球だけで追う。眼球をボールが通った軌跡を逆戻りさせてから上体を起こし、握りしめた右手を耳の横あたりにあげ両足がまっすぐになるとドアを叩くしぐさをした。「ストライクワン!」
ここでストライクゾーンを解説する。打者の膝の下から肩とベルトの中間の高さでホームベース上方の五角柱空間をボールが触れたらストライクである。小学生は山なりボールなので捕手の後ろで判定するのは難しい。
何回か投球すると打者がバットを振った。打球はサード正面のゴロだ。これはアウトだなと思いながら私は2塁ベースに近づいた。打者は1塁に走る。1塁審判はファウルゾーンからフェアゾーンに移動し、両手は膝の上、1塁ベースに正対し前傾姿勢をとりつつ顔はボールの行方を追う。サードが捕球し投げた。1塁審判は打者走者がベースを踏むポイントを静止して見る。ボールの捕球は耳で聞く。どっちが早いかで判定を下す。1塁審判は上体を起こしながら両手を真直ぐ前に出し、水平に開くとコールした「セーフ!」。さすが少年野球!
監督が選手にバントやヒットエンドランのサインを出すように審判もサインを出す。1塁走者が出たので、球審は「3塁審判が外野に移動したら3塁に移動する」という意味で、1塁審判を見ながら3塁を指す。1塁審判は了解の意味で両手を握り上下で叩く(了解のしぐさ)。そして「球審が3塁に移動したらホームベースに移動する」という意味で、2塁審判を見ながら左手でホームベースを指す。2塁審判の私はこれを見て了解のしぐさをし、3塁審判を見ながら「1塁審判がホームベースに移動したら1塁のカバーをする」という意味で1塁を指す。3塁審判は了解のしぐさをする。

少年野球は6回で終了する。5回表4×3で幸区選抜が勝っていた。5回裏川崎区選抜の攻撃は4番打者から。打者が2球目を打つとボールは右中間に高く上がった。私は1塁審判に「ゴーアウト」と声をかけ打球を追った。3塁審判は2塁に移動し、球審は3塁に移動した。ボールはゆっくりとフェンスを越えた。ホームランだ。私は左足を前に出し、右手の人差し指と中指を立ててゆっくりと3回腕を回した。打者は1塁ベースをまわるとホームランを認識し走る速さをやや落としながら2塁ベースをまわった。1塁審判はホームベースに移動した。
攻撃は続き4×7と川崎区選抜リードで6回最終回となった。今年の幸区選抜も終わりかなと私の頭をさみしさがよぎった。
少年野球は1日に70球以上投げてはいけないという投球制限がある。川崎区選抜は3人目の投手に変わった。これまでの2投手ではあまり出なかった四球と連続ヒットが続き幸区選抜は15点入れてしまった。さすが少年野球!我が幸区選抜は勝利し準決勝にコマを進めることになった。
毎週週末は朝5時に起きて家族にあきれられながら私は20年も審判を続けている。なんでだろう。理由を考えた。「子供から若さと元気をもらうから続けている」という先輩がおられるが、私はなんか違うと感じる。
11月に野球シーズンは終わるが審判は忙しくなる。冒頭に述べたが私は神奈川県川崎市幸区少年野球連盟審判部に所属している。12月に入ると神奈川県少年野球連盟の忘年会がある。次の週に川崎市少年野球連盟の忘年会がある。また、幸区少年野球連盟の忘年会がある。なんか楽しい。これかな?
審判道具が入ったカバンを肩にかけながら駐車場に向かう途中で視線を感じた。目をやると20mほど離れた販売機の前でアイスクリームを食べながら私を見ている選手たちがいた。「ありがとうございました」小さめの声がばらばらに挨拶してきた。私は遠慮ぎみに手を振り「またね」と心で呟いた。これだな。
私はこれからも審判を続けるつもりだ。