コラム「ギターと図面!?」
2022/12/28
非営利活動法人 設備システム研究会
北村
みなさんこんにちは、群馬県在住 株式会社ヤマトの北村です。先日 設備システム研究会の事務局から、HPに掲載するコラムを書いてみないか?とお声をかけて頂きまして、せっかくの機会なので何か書いてみようかな〜と思い、軽ぁるい気持ちでお引き受けしたまでは良かったのですが。。。
う〜ん待てよ?俺にはコラムを書けるほど人に主張できるコトって無い。。。よなぁ?なあんてボ〜っと考えていたら、あぁ〜っ!?俺にはアレがあったじゃないかぁ!ギターだ!ギター!!
ということで、ギターと言っても色々ありますが、私にはエレキギターを「作る・改造する」なんてぇ「癖(へき)」がございまして、これが常に身近にあるせいなのか?スグには思い付かなかったのでした。はい。
そもそも何で「自分でギターを作ろう」とか「改造しよう」などと思ったのか?きっかけは中学生の頃にさかのぼります。私の故郷は岩手県の宮古市という「ラサの煙突」と「浄土ヶ浜」がランドマーク的存在の 当時の人口 6万人ほどの港町でして、交通アクセスは、国道45号線がリアス式海岸沿いを南北に縦断し、県中央部の盛岡までは国道106号線が伸びていて、鉄道に関しては、国鉄山田線が県中央部の盛岡から宮古を経由し南下して鉄の町 釜石まで(現:三陸鉄道南リアス線の一部)
北は国鉄宮古線が田老まで伸びて、その先はバスと国鉄久慈線を乗り継いで、朝ドラ あまちゃんの舞台となった久慈まで行けるという交通環境でした(現:三陸鉄道北リアス線の一部)
と、ここまで読めばちょっと大変そうだけど、なんとかアチコチ行けそうじゃん!と思うかもしれませんが、実際には、リアス海岸沿いの国道45号はアップダウンが激しくて道幅が狭いうえ、ほとんど直線の無いクネクネばかりだし、鉄道はトンネルだらけでエアコンが付いていなかった当時のディーゼル車両での移動はかなりシンドく、時刻表はスカスカです。
さらに盛岡に行くにはもっと大変で、道路はハンドル操作を間違えば一貫の終わり的な区界峠の山越えが途中待ち構えていますし、鉄道も峠越えのスイッチバックが何度かあって、 盛岡までの約100Kmメチャ尻が痛くなった末の3時間半の旅行でした。
てな訳で、我が故郷は 品物も情報も入って来づらい「陸の孤島」だったこともあり、自然に Do it yourself 体質となったようです。
そんな中学時代、休み時間に友人が自慢げに見せびらかしていた音楽雑誌で出会ってしまったのが「KISS」でして、
おおっなんだコレ?スゲーッ!火を吹いてる!?血を吐いてる!?ギター燃えてる!?うぉ〜っっっ、俺はKISSになりたぁ〜い!!
そうです、ド田舎のピュアな中坊の心は一瞬にして彼らの悪魔的魅力に心を奪われてしまったのでした。
とは言え、ここは陸の孤島、レコードや雑誌はなんとか手にする事は出来ても、エレキギターの本物なんて見る事など無い訳で、悶々と雑誌を読みふけるうちに、あれ〜?もしかしてこのギター作れるかも?。。。なぁんて無茶苦茶な発想が浮かんだのです。恐らく、ポールスタンレーのフライングVを見ているうち 直線だけの木工品だし、作れるんじゃね?的な発想だったのかもハハハッ。
しかし、そもそも こんな発想に至ってしまったのは、我が家に鎮座していた 親父の「製図板」と「T定規」のせいだと思います。私は小さい頃からそこで親父の真似して「図面」みたいな物を書いて遊んでいたのですが、知らず知らすに知識を付けていたのか?小学校中学年の頃にはマンガの縮尺を変えてトレースしちゃうみたいな、子供にはウソのようなテクニックを持っていたこともあって、あああ〜っっっ!?ギター雑誌の写真を実物大に写してフライングVを作っちゃえば、オレ学校中のヒーローだぜぇ!ウヘヘヘッ!
てな訳で思い立ったら、いてもたってもいられない性格の私。ちっとも勉強が出来ないくせして、好きな事が絡むとガッツリのめり込むタイプ。ギター雑誌に書いてあったスケール理論を熟読し、実物大を作るには弦の長さが基準になるのか?なになに?弦の長さはネック部のナットからブリッジサドルまでの長さのことで、フライングVの長さは 24-3/4インチ?ってことは、え〜っと 1インチは 2.54cmだから。。。弦の長さは 62.8cmか!
で〜? 12フレットって必ず弦の長さの半分って決まっているってことは!? 12フレットは31.4cmって事!? なあるほど!
などと、今の図面の仕事に通ずる、基準とか単位変換とかモロモロの知識を知らないうちに身に付けて行ったのだと思われます。
で、そのフライングVはどうなったか? ノコギリと彫刻刀しか持っていない、しかも木工知識は技術家庭科レベルの「馬呆」な中学生にはなんともハードルが高過ぎて、いとも簡単に撃沈してしまったのでしたアハハハッ。
あれからウン十年経ちました。今ではリサイクルショップで 私好みのジャンクな改造用ギターが数千円で買えてしまう世の中です。必死で貯めた小遣いを抱え 山田線に揺られて盛岡まで行き、楽器屋さんのギターフロアに丸一日居座り、悩みに悩んだ末に一番安い 5万円のギターを手に取って「こ、これください」的な。。。あの頃には到底考えられない もの凄い時代になりました。
そんな訳で、最近の私の周りにはジャンクギターが増殖中!女房からは、ごみ屋敷にするつもり!?とお叱りをうける毎日ですが、それにもめげず、シコシコ図面を起こしては 基準線やカットするラインを写し、墨の通り加工して 塗装して楽しんでいるのです。
そして、この記事が掲載される12月には、日本では永遠に最後となるKISSの東京ドーム公演が無事終っている事と思います。77年のKISS初来日当時には夢の世界だったド田舎の中学生がオッサンとなり、今の自分を作った張本人の最後のライブで盛り上がる!
なぁ〜んか凄いことだけれど、そう考えると俺って中身は全然成長していない中坊のまんま! なんだよねぇ〜これが!ガッハハハッ
あ〜っ!追伸です
音楽室で友達とKISSを聴いてたら超盛りあがり、ノリで「火を吹いたら」火災警報器がジリリリリリリッと発報!?
センセに死ぬほど怒られたって話し。。。内緒ですよぉ。