コラム「ホラー」
2020/09/30
非営利活動法人 設備システム研究会
三木秀樹
病気になるかもしれない、死ぬかもしれない、と思うと、誰だってコワイ。なので、新型コロナ(Covid-19)騒ぎで、皆、病原体のコワさを再認識したんじゃないかと思う。
かくいう私は、30代でそーゆー経験をした。といっても、病気になったわけじゃない。病原体を扱う実験室を某研究所に作ったからだ。実験室は、扱う病原体のBSL(Bio Safety Level、危険度)によって、低危険度のBSL-1から高危険度のBSL-4までに分類される。私が作った実験室で扱う病原体はBSL-3、つまり「人や動物に重篤な病気を起こすが、感染伝幡の可能性が低く、有効な治療法や予防法があるもの」だ。例えば、鳥インフル、SARS、MERS、黄熱、狂犬病、HIV、結核、ペストなどなど。「重篤な病気を起こす」という点で、すでにコワい。
出典: WHO Laboratory Biosafety Manual - Third Edition
図 病原体の危険を示すマーク
設備は作ってからが始まりだ。しばらくして実験室の調子が悪いと連絡を受けた。今となっては、どこの調子が悪かったのかを覚えていない。今でも覚えているのは、研究所のセンセイに「じゃ、実験室に入って調べてね」と言われ、全身に防護服を着せられ、稼働中の、しかも調子が悪いという実験室に入室させられたことだ。
病原体は五感では感知できない。なので、病原体に汚染されたかどうかは全く分からない。これは、かなりコワイ。また、もし病原体に汚染されても、すぐには発症しない。なので、発症するまでに周りの人に病原体をバラ撒いても全く分からない。これは、さらにコワイ。
恥ずかしながら、そのときまで、自分が作った実験室が、人の命に関わっているという実感がなかった。それ以前にも自分が作った設備が調子が悪くなることはあったが、暑いとか寒いとか、水が出ないとか漏れたとか、およそ人の命に関わるようなことではなかった。
結局、感染はしなかった。あとでセンセイに聞いたら、「感染するような危ない状態なら、外部の人を入れるわけないでしょ」と言われた。至極ごもっとも。でも、それなら先に言ってよぉ。イケズ。
とはいえ、実験室の調子が軽症ならこの程度で済んでも、重症ならどうなるのかと心配になる。なので、できれば重症になる前、つまり軽症のうちに何とかしたい。それには、遠方からいつも実験室の調子を見られるようにすること、つまり見える化が必要だ。でも、今なら簡単なことだが、当時は難しかった。実験室を作ってから5年後の1993年にやっと、記録計−ノートパソコン−モデム−電話−パソコン通信と繋いで、記録計のデータを毎日、関係者のメーリングリストへ送れるようになった。インターネットこそ使っていないが、実験室側から自動的にデータを送るので、ちょっとIoT的だ。ともかく、その時、センセイから初めて誉められた。
図 運転データ(1993年8月)
それが気に入ってもらえたのか、センセイとは実験室絡みの仕事で長々とお付き合いをさせてもらった。ベトナム、ザンビア、南アフリカ、ガーナ、ナイジェリア、フィリピン、アメリカと、いろいろな国に行けたのもセンセイのおかげだ。
その原点は、あの時のコワイ思いだ。コワイ思いもしてみるものだ。